Carl Zimmer, "Soul Made Flesh"

Carl Zimmer, "Soul Made Flesh"(ISBN:0743230388)読了。副題に "The Discovery of the Brain and How It Change the World" とあるように、カール・ジンマーの最新刊は近代ヨーロッパまでに脳が理性や知覚といった精神(soul)の物質的な座として認識されるまでの過程を描いたもの。
最初のほうはガレノスだとかヴェサリウスだとかデカルトだとか、まあ神経科学の教科書のいちばん最初にでてくるような内容でそれほど面白くなかったのだけど、第3章以降から17世紀イギリスの医師・自然哲学者トマス・ウィリスの伝記になっていて、これが清教徒革命から名誉革命まで内乱状態のイギリスを背景にしっかり描かれていて俄然面白くなった。
トマス・ウィリスというひと(http://www.whonamedit.com/doctor.cfm/336.html)は神経科学をやっているひとでもそれほど知られているわけではないようで(私も知らなかった)、せいぜい脳底部にあるウィリス動脈輪(the Circle of Willis)に名が残っているくらい。でも実は彼こそ脳を精神の宿る場所として確立したひとであり、また解剖による知見に基づいた近代的な神経学の祖と言えるのだよ、というのがまあ本書の内容。
確かにあの時代のひととは思えないほどウィリスの説明は的確なのだ。酸素の存在も知られなかった時代に彼は血液から "animal spirit" が脳にエネルギーを供給し、また電気やイオンが発見されるよりはるか以前に、その "spirit" が「長い導火線ように」神経を伝わり末端で「爆発」して筋肉を動かす、なんて言っているのだから。後者なんて、ちょっと言葉を置き換えてあげるだけで神経筋接合部までの活動電位伝導の説明になってしまう。
またウィリスの周囲にいたひとたちが錚々たるメンバー。彼が常に刺激を受けていた同じ「オックスフォード・サークル」にはボイルやロバート・フックがいるし、ウィリスは建築家として知られることになるクリストファー・レンに解剖した脳のイラストを自分の本のために描いてもらっていて、のちに彼らはみんなであのロンドン王立協会を設立することになる。ホッブスジョン・ロックもけっこう重要な役として登場するよ。