マルカム・ブラッドベリ "Doctor Criminale"

マルカム・ブラッドベリの作品についてはあまり日本で紹介されていないようなので、ついでに昔の日記から彼の "Doctor Criminale" を読んだときの感想をひっぱりだして以下に転載しておこう。
===============
Malcolm Bradbury, "Doctor Criminale"(Penguin Books, 1993)読了。冷戦崩壊直後のヨーロッパを舞台にポストモダン現代思想界を風刺したマルカム・ブラッドベリのコミック・ノヴェル。日本語訳は出版されていない様子。しかしこれ、めちゃくちゃ面白いんですけど。主人公は、ひょんなことからTVドキュメンタリー番組「グラスノスチの時代の偉大なる思想家たち」のプロダクションに参加することになった若き文芸ジャーナリストのフランシス・ジェイ。彼の課題は、東欧出身の謎に満ちた哲学者で「90年代のルカーチ」とも評判されるバズロ・クリミネールについての調査を行なうこと。クリミネールは誰もが認める現代の大思想家でありながら、その経歴・思想遍歴を見てみるとまったくつかみどころがない人物なのだ。世界各地の学会に神出鬼没するクリミネールを追いかけて、ジェイはウィーン−ブダペスト−北イタリア−スイスとヨーロッパ中をさまようことになる。
途中まではデイヴィッド・ロッジの『小さな世界』みたいなお話かなと思ったのだけど、最後の3章でクリミネールの正体が明かされる過程がびっくりで痛快。どこまで笑っていいのやら。どうやらクリミネールの存在自体がポストモダニズムの象徴になっているらしく、彼についての唯一の評伝は文字どおり著者不在のテクスト、どこまで信じていいか怪しい「書かれていることではなく、書かれていないものを読む」べき文章で、これを基に主人公がクリミネールを脱構築するという、いかにもそれっぽい設定になっているのも粋だ。作中ではマーティン・エイミススーザン・ソンタグボルヘスなどの文学者に加え、ブラッドベリの文学的相棒であるデイヴィッド・ロッジらしき人物までもちらっと顔を出すサービスぶり。読んでてニヤニヤしてました。