月はまだ生きている?

2006年11月9日:常識的には月は死んだ天体だ。でもその「常識」は間違っているかもしれない。
今日付けのネイチャー誌によると、ブラウン大学のピーター・シュルツ(Peter Schultz)教授らの研究チームは月に最近、地質学的な活動があった証拠を公表した。月の火山活動はもう何十億年前に終わったと考えられていたが、月面には少なくとも1ヶ所、この1千万年以内にガスの放出があったとみられる場所があり、いま現在もそれが起こっているかもしれないというのだ(Schultz, Staid and Pieters, Nature, 444, 184)。 そこは「イーナ(Ina)」と呼ばれる一見奇妙な地質学的特長のある場所で、月の北緯1度、東経5度に位置するラクス・フェリシターティス(Lacus Felicitatis)という、古くに溶岩の湖がかたまってできたなかに存在する。「イーナは最初、アポロ計画の宇宙飛行士たちによって発見されました」とシュルツ教授は言う。写真の右、「2kmぐらいの大きなアルファベットのDみたいな形」をしているのがそれだ。
イーナの最近の地質学的活動を示唆するものは3つある。
まずイーナには不思議といえるほどはっきりとした輪郭があること。「あれほどはっきりとした形はそれほど永くはもちません。まず5千万年やそこらで崩れてしまうにちがいありませんから」とシュルツ教授は話す。月面においては小さな隕石の雨が常に降っており、時間が経つにつれ山やクレーターを削り倒してしまうのだ。イーナの形がはっきりしているのは、それがまだずっと年代的に若いことを示している。
もう1つ、イーナにはほとんどクレーターが存在しないこと。小さな隕石が地形をなめらかに削ってしまうのに対し、より大きな隕石や小天体はクレーターを作る。地形の表面が古いほど、より多くのクレーターができる。シュルツ教授によれば、「イーナにはまったくと言っていいほどクレーターはありません。8平方kmほどのその地形には、30mを超える明らかな衝突クレーターは2つしか見つからないのです。」このことからもイーナは若いとみられる。
そして、イーナが明るく、変わった色をしていること。月面の石や土は時が経つにつれ、黒っぽくなる。これは宇宙の気象によるものだ。絶え間なく降りそそぐ宇宙線や太陽放射、隕石は月にあたってその地面を暗くする(そのメカニズムはここで説明するにはちょっと込み入りすぎているが、その効果にはまったく疑いはない)。しかしイーナは、まるで新しい土がほじくり返されたばかりのように明るい色をしているのだ。さらにイーナの色は、クレメンタイン月探査機の分光器によると、月面のもっとも新しいクレーターの色に似ている。イーナは衝突クレーターでないにもかかわらず、だ。

イーナの偽色写真

[写真]イーナとその近くにあるまだ新しいクレーターの偽色写真。青い色はごく最近露出したチタンの玄武岩を示し、緑色は若い(比較的宇宙の天候にさらされてない)土壌を示す。(写真提供:NASA
これらはすべて、ガスの放出を意味している。「私たちが思うには、ガスの急な放出が起こり、表面の堆積物が吹き飛ばされたことによって、それまで晒されることのなかった土壌が現れたのではないでしょうか」をシュルツ教授は説明する。これは必ずしも活発な火山活動を指し示すわけではない。「イーナにあるような地表が現れることは、(クレーターを中心としてそのまわりに明白な放出物の拡がりを造るような)マグマの爆発的な放出を示唆するものではありません。」あるいは、何百年、何十億年も表面下に溜まっていたガスが、たとえば最近の月震によって放出されたという可能性もある。イーナが2つの川状裂溝‐‐直線的な溝のような地形‐‐の交差点(地球ではこれは地質学的に活発な地域)に存在することからも、この解釈には説得力がある。
「アマチュア天文学者たちは長年、月面からの噴出や閃光を報告しています」とシュルツ教授は言う。多くの職業天文学者たちは月が不活発であることを主張しているが、アマチュアたちによる目撃証言はまだこれに疑いの余地を与えている。シュルツ教授はこのことについて真剣に取り組み始めるべきときがきたと考えている。「プロとアマチュア天文家の両方を交えて行なう観測キャンペーンなどは、月の地質学的活動にさらなる証拠を築くための1つの手段でしょう。ガスの放出それ自体は1秒間やそこらしか見えませんが、これによって引き起こされる土煙は30秒間ほど持続します。いまあるような警戒ネットワークがあれば、これはプロの望遠鏡を動かして、そこでなにが起こっているか確かめるには十分な時間です。」
また監視すべき場所もたくさんあるかもしれない。研究者たちは、同じ川状裂溝のそばにイーナに似た地形を少なくとも4ヶ所、そのほか隣接する川状裂溝地域にもいくつか発見している。
こういったガスが将来の月開拓者たちにとって役に立つようなことがあるだろうか?シュルツ教授はこれを肯定的に見ている。「これらの噴気孔からは二酸化炭素、あるいは水の蒸気すら排出されている可能性はある。もちろんまずはガスの放出がほんものかどうか、またそのガスがなんなのかを確かめなければなりませんが。」これによってイーナは将来、ロボットや人間による月面開拓にむけて興味深い場所になる。
シュルツ教授は語る。「結局のところ、月はまったく死んだ場所ではないかも知れないのです。」
著者・編者: Dr. Tony Phillips
翻訳元: Science@NASA
URL: http://science.nasa.gov/headlines/y2006/09nov_moonalive.htm