カブトガニの血に秘密あり

ISSに滞在する宇宙飛行士たちはもうすぐ、カブトガニのもつ原始的な酵素を病気の診断に使ったハイテク医療機器をテストする予定だ。

2006年11月16日:想像してみよう -- 火星へのミッションの途中で、急に気分が悪くなった。ものを飲み込むときにのどが痛いし、熱もあるようだ。病気になって、他のクルーたちにうつしたりするわけにはいかない。抗生物質をとるべきだろうか。でも、どんな種類の抗生物質をとればいい?

NASAのマーシャル宇宙飛行センターでは、外部の研究者たちとの協力して、小さなチップ上のバイオ実験室が開発されており、これを使えば5分とかからずにその答えがわかるかもしれない。

このミニラボLOCAD-PTS(Lab-On-a-Chip Application Development–Portable Test System)という名前がついている(写真)。その最新版はハンドヘルド機器で、この12月に国際宇宙ステーションでの試験のため、STS-116のミッションで打ち上げられることになっている。

地球では病気を診断するいちばん確かな方法は、体液(咽頭培養や血液・尿のサンプルなど)を採取して、ラボでいろんな培養培地のはいったペトリ皿のなかで培養する、というものだ。培養することによって、感染がウイルスによるものか(この場合、抗生物質は効かない)、あるいは細菌やカビによるもにか(これには効く)、はっきりとわかる。さらにはその種や、どんな抗生物質がいちばん効くかも特定できるのだ。

大腸菌サルモネラ菌といった、いわゆるグラム陰性菌は、黄色ブドウ球菌のような陽性菌とは違った抗生物質に反応します」と、マーシャル宇宙飛行センターでLOCADのプロジェクト・マネージャを務めるジンジャー・フロレスは説明する。

ただし培養には2, 3日かかり、実際そのあいだに病気がひどくなることもあって、これはあまり現実的ではない。LOCAD-PTSなら、これがすぐにできる。「5〜15分くらいで結果がでます」と言うのは、このプロジェクトの主席研究員でチャールス・リバー株式会社の研究開発部長のノーマン・ウェインライト。「しかもこれはとても感度がよく、たった1つの細胞でも感知できるのです。」

このハイテク機器は、地球上でもっとも古い生物の1つ、カブトガニの血液細胞から抽出された4つの酵素を使っている。「カブトガニは3億年も前から存在する生物で、非常に原始的かつ、それでいて鋭敏な免疫システムをもっています」(ウェインライト氏)。たった1つの細菌でも、カブトガニの免疫システムの酵素を刺激するに充分であり、これによって血液を凝固させて傷口をふさいでしまうのだ。

その優れた感受性と機敏な反応性から、医療研究分野において、この酵素は医薬品の効果を確かめるのにとても役立つものとなっている。(毎年カブトガニから少量の血液を採取して海に返してやっても、その生きものを傷つけるわけでもないし、また今のところ代替合成物になるようなものもない。)

そしてこのカブトガニ酵素こそが、LOCAD-PTSをこれほど小さく、感度よく、かつ速くしているのだ。まず、ごく少量の酵素がチューブのようになった水路に注入され、乾燥される。ここに液体サンプルを注入すると、酵素が再水和される。もしそのサンプルに細菌が混じっているなら、その毒素が酵素を刺激し、液体の色を変化させる。そして細菌の数によって色も変わっていくのだ。

12月に打ち上げが予定されている実験パッケージは、LOCAD-PTSと従来どおりのペトリ皿のやり方と、どちらがよいか比較するものだ。6週間のあいだ、宇宙飛行士は週に1回、やわらかい粘着パッチを剥きだしの壁に押しつけ、そのまわりをかるく綿棒でふき取る。綿棒に付着した細菌はLOCAD-PTSに、粘着パッチに付着した細菌のほうはペトリ皿で培養される。数日後、細菌のコロニーが従来どおりのやり方でカウントされる。

ところでこの実験は、宇宙にいるのが人間だけではないという事実をうまく利用している。宇宙ステーションの表面は、ここ地球上の壁、床、キッチンのカウンターとまったく同じように細菌だらけなのだ(「1個の細菌にとっては小さな一歩だが・・・」)。

もちろん、ウェインライトとフロレスは速さにおいてはLOCAD-PTSが勝つと予想しているが、精度においてはどうだろうか。まだいちばんわかっていないのは、LOCAD-PTSが細菌の種類を分析することにどれほどうまくいくか、また細菌のコロニーの数に対して色の変化をどれだけよくカリブレーションできるか、だ。「また私たちは、この機器が微重力下の宇宙飛行士にとって、簡単に扱える実用的なものかどうかも知りたいと思っています」とフロレスは言う。

最初のLOCAD-PTSはグラム陰性菌だけをテストするが、「グラム陽性の細菌や酵母菌、カビやある種の化学物質に対するテストも私たちはのちに計画しています。」

最終的にすべてがうまくいけば、病気の宇宙飛行士ののどからサンプルを1回注入してやるだけで、数分のうちに「アモキシシリンを2錠とってまた明日受診してね」といった診断を下してくれるようになるかもしれない。

著者: Trudy E. Bell
編者: Dr. Tony Phillips
翻訳元: Science@NASA
URL: http://science.nasa.gov/headlines/y2006/16nov_locad.htm